犯罪のカゲに女あり

 僕の学校の修学旅行は信州であった。二泊三日ともなると生徒も、口うるさい母親や、学校から開放されてか、いろんなことをしてくれる。もっとも教師にとって厄介なのは、他校との喧嘩、万引き、煙草、酒といったところで、多少の悪戯はかえって後々楽しい思い出となるものである。むしろ、そんなゴンタのいるクラスのほうが、修学旅行も一層楽しくなるというものである。
 一泊目は平湯温泉であった。到着後、早速入浴となった。一般の方は温泉で入浴と聞けば羨むであろうが、修学旅行での入浴はそんな情緒のあるものではない。まず、第一に時間が極めて短い。一時間ほどの間に4クラスの生徒を順次入浴させるのである。第二に湯につかった生徒はみなビーバーと同じで遊びつかれるまであがってこない。そこで、教師の監視の下入浴することになるのである。八十数匹のビーバーの入浴指導はなかなか大変なものであるが、それでいて、結構面白いものである。
 僕は五十すぎの大山という女性教師と入浴係になっていた。この大山先生、どこの学校にも一人はいる聖職の碑が服を着たような人であった。
 僕はまず生徒を男湯の前に集め注意した
「ええか、服脱いで又服着るまで八分や、その時まだ服着てない奴は裸のまま放り出す。それから、最後に自分の立っている所から半径一メートルを拭け。ええな。そやないと、後から来た奴等ビショ濡れの脱衣所使わんならん。ええな。ほんなら全員用意、右手にタオル、左手にパンツや、はよ用意せんかえ。あがる時も同じことすんねんで。そうでなかったら、一人や二人必ずパンツを忘れるタワケがおる。ええな、よっしゃ突撃じゃ。」

 生徒達は一斉に飛び込んで入った。僕もズボンの裾をまくって浴室に入った。すると、生徒たちが、声を揃えて
「スケベー」
と叫んだ。
「あほか、お前ら男同士やろが。」
「けど、先生スケベやん。」
「あほか。」
 そこへ、同行の写真屋さんが来た。
「おい写真撮るからよってこいよ。」
と言うと、タオルや桶で隠しながらポーズをとった。こいつ等写真撮るのは恥ずかしないんかなと思いながら、一緒に写真におさまった。
 一服つけて浴室に戻ると男子が隣の女湯に手ですくった水を掛けていた。
「こら、何しとんじゃ、一寸来い。」
 生徒達は素直に頭をだし叩かれる態勢でよってきた。
「あほか、ちゃう、ちゃう、ええか、皆で掛けたろ。桶に水汲め。合図したら一斉に掛けるんやで、ええか。」
 生徒たちは悪戯小僧の本領をあらわし、ニコニコしながら僕の合図を待った。
「よっしゃ、やれ。」
「オッー。」
という歓声とともに、桶の水を女湯目掛けて放り込んだ。
「キャー、何すんのよ。」
 女子が怒りながらわめいている。生徒達はよけい勢いづいて、桶に水を汲んでは女湯に掛けていた。僕も生徒と一緒に大喜びしていると、今度は女湯の方から水が降ってきた。女子の報復攻撃である。おかげで僕は濡れ鼠よろしくビショビショになってしまった。急いで、脱衣所に逃げると、例の大山先生の毅然とした声が響いた。
「先生、男の子が女子の方へ水を掛けとるんですわ。叱ってやってくださいな。」
 僕は思わず直立不動の姿勢をとり
「ハイ、直ちに叱ってきます。」
と言って、浴室に飛び込んだ。
「こらっ、だれじゃ女湯に水掛けたん。」
 生徒達は唖然として僕の顔を見た。
「今、大山先生から厳しい苦情があったぞ。」
 すると、生徒もそこいらの事情が飲み込めたらしく、笑っていた。ほっとして男湯の前にあるソファーで煙草をくゆらしていると、また、大山先生から苦情が入った。
「先生、今のクラスの男子、女子風呂覗いとるんですよ。」
「えっ、誰ですか。」
「えーと、ほれ、黒縁の大きな限鏡の子ですがな。」
「ああ判りました。あいつしかおりません。おい、お前。一寸すまんが六組の中尾呼んできてくれ。中尾やすぐ呼んでこい。すぐやぞ。」
 僕はくそガキめと思いながら煙草の端を噛んだ。
「先生、何。」
 中尾の中年のような声が背中で響いた。
「おう、中尾君よう来たね。まあ一寸おいで。もう一寸俺の傍においで。」
「なによ。なんなん、先生気持ち悪いやんか。」
と言いながら中尾が近づいてきたところを首ねっこを押さえた。
「このスケベ男が。オノレ女風呂覗いたやろが。」
「えー。」
 と迷惑そうに言った。態度も落ち着き、目も少年らしい可愛い目をしていた。やっとらんのかなと僕はおもった。
「中尾、お前覗いてないのか。」
 すると中尾はこくりと首を縦に振って
「うん、覗いてないよ。一寸しか。」
といって微笑んだ。
「このボケ、覗いとるやないか。スケベ野郎が。」
 すると
「でも先生もすきやろ。」
 僕も一瞬領きかけた。反省しとらんやっちゃなあ。僕は中尾の頭を五、六発どついてやった。
「ゴメン、ゴメン、先生ゴメン、でも一寸だげやで。」
と親しげに言った。
「嘘つけ。」
「ほんまやで。」
 少し間があって
「ほな何人みたんや。」
「あかんかってん、眼鏡くもっとったから、ようみなんでん。」
「ふーん、そら残念やったな。」
と言って、ホッペタをひねりあげながら
「どう中尾君、思いだしたかな、思いだしてほしいな、僕としては。」
「輪郭だけ。」
「そう、そうなの。見とんのやないか、このスケベ男が。」
 この中尾という生徒なかなかひとすじなわではいかない。やはり目には目、歯には歯でいくしかない。
「中尾くん、君もここで裸になったら。」
「えっ、そんなん、先生。」
 ジャージに手をかけ腰まで下げてやった。中尾は必死で抵抗した。丁度その時次のクラスが入浴にやってきたので僕は、中尾に玄関で正座して待っておくようにいった。中尾は悪びれる様子もなく
「ほんじゃ。」
と言って歩いていった。懲りんやっちゃなあと僕は思った。十分ほどして行くと、風紀係の先生が説教し、それを生徒が楽しそうに見ていた。でも、一番楽しそうなのは中尾であった。風紀係の教師は僕をみると
「中尾、先生がこられたで、しつかり怒ってもらえ。」
とニタニタしながら言った。
「この風呂覗きのスケベ野郎。」
 と大声で怒鳴った。
「先生、男はみんなスケベ。だから先生もスケベ。」
 ギャラリーは大爆笑であった。
「オノレ反省しとらんな。おい、皆こいつにスケベ・コールしたれ。」
 二十名ばかりのギャラリーが一斉にコールした。すると、中尾はコールに合わせて腰を動かしていた。これには、生徒も教師も大笑いであった。英語の中野先生がそれを見ていて、記念写真を撮ってあげようと言うと中尾は、ニコニコしながらピースサインをだした。僕は笑いながら
「お前は、あほか。」
 と言ってホッペタをひねりあげた。しかし、中尾はめげずにはしゃいでいた。今度は正座している足の上を踏んでやった。それでも、中尾は子猫がじゃれているかのように喜んだ。勝てんやっちゃなと思った時、僕の目に電話ボックスがはいった。
「中尾、俺の負けや。もう許したる。部屋帰ってええで。」
 中尾は上目づかいで僕を見ながら
「ほんまに、もうええの。後でなんもせえへん。」
「ああ、もう許したる。お前には勝てんもんな。そやけどお母さんには電話しとく。一応な。」
 電話ボックスの方へ一、二歩進むと中尾が僕の足にすがりついた。
「あかん、あかんで。」
「なんでや。ええやんか。」
 又一、二歩進むと
「そんなんあかんわ、きたないわ。」
「ああ、そうやで、教師は皆きたないで。特にワシャきたないで、そうやろ。」
 中尾は泣き声と甘えた声とをミックスしたような声で
「そんなんあかんわ。なあ先生、なんでもするから、なあー。」
と哀願した。
「ほんまか、ワシの言うこと何でもきくんやな。」
「きくきく何でもきく。」
「あれ『きくきく』誰に言うとんかな。」
「ききます。さあから、オバハンに電話したらあかんで。」
 僕は勝利者の満足感を味わいながら、しみじみ思った。
『犯罪のかげに女ありか。』
 こうして、中尾君は、修学旅行中僕の忠実なとなったのである。






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