
国破れて山河あり
「先生」という言葉は一人のごくあたりまえの人間を大きく変えてしまう。生の人間でなくなるのだ。いつも鎧をつけて、決してこない戦に備えるのだ。そして、いつしか鎧の重さに疲れていくらしい。でも、「先生」の戦は鎧を外したときから始まるということを知っている人は案外少ない。生の人間と人間のぶつかり合い。言い古されてはいるが、これが、意外と難しい。クラブ活動をすれば出来ると思っている楽天家の「先生」もいるが、本当に今、「先生」が戦をしなければならない子どもたちはクラブ活動なんかには参加していない。
僕が卓球部の顧問を引き受ける気になったのは、卓球部が解散寸前だったからだ。当時卓球部は顧問が不在で、練習場も剣道部にとられてしまい、体育館の舞台の上に追いやられていた。部員もやる気をなくしていたのは言うまでもない。顧問に就任したその日、僕は部員総会を開いた。総会の冒頭、僕が話し始めた丁度その時、ドアを乱暴に開けて一人の三年生が入ってきた。彼は、僕の顔を見るなり片手を挙げ
「あっ、悪い、悪い。」
と言った。
「何、誰に言うとんじゃ。」
と怒鳴ると、
「すまん、すまん。」
僕は、そいつの胸ぐらをつかみ
「なめとんのか。」
と言いながら一発顔面を殴打した。すると、彼は殺されかねないとでも思ったのか、一目散に逃げていった。僕は早速追跡隊を編成し追いかけさせた。ただでさえ、やる気をなくしていた部員たちは、この一件で余計にやる気をなくし、結局、顧問就任一日目で解散となった。
僕はこのことを教頭に報告した。すると教頭は
「いやはや、結構な指導で。」
と厭味を言った。僕もむしゃくしゃしていたので、反抗してやった。教頭は僕を別室に呼んだ。
「アンコウ先生、実は私先生の前任校の松浦校長とは大変懇意にして戴いておるんです。アンコウ先生のことも宜しくと頼まれていまして。ええ。」
「そら、松浦校長には何かと迷惑もかけ、面倒もよくみていただきました。でも、そやからいうて、こんな時に持ち出すいうのは筋違いとちがいますか。そんなやりかたする教頭は信じられませんな。だいだい、部下が困ってるときに厭味言いますか。」
すると教頭は
「実はな、先生。先生の板書が見にくい言うて父兄から苦情きとるんですわ。」
と言い出した。
「この話となんの関係ありますねん。何のつもりですねん。」
「いや、ことのついでにと思いましてな。」
「何がことのついでですか。それで、ちゃんとフォローしてくれたんでしょうな。」
「え、はあ。」
「こっちはプロの教師ですよ。ちゃんと教育効果考えて授業してますわ。そこんとこちゃんと言うたんでしょうな。」
「いや、その。」
「そんなこともできんと、よう教頭や言うてますな。ヒラに厭味言う暇あったら、親からのクレームの一つでも処理してもらわんと。松浦校長はそこいらはちゃんとやってくれたから僕も信頼しておったんですわ。」
話は終わった。この事以来教頭は妙に僕を大切にしてくれた。俗に言うさわらぬ神に崇りなしというやつである。
それから二、三週間たったある日、育友会長が
「先生にもう一度クラブを指導してもらいたい。元気のいい先生に部員をしごいてほしいと親が言っている。」
と言ってきた。結局二年生の男子部員の親と、夕方から会をもつことになった。その日は職員も興味津々で、その時刻になると自然に職員室に集まってきた。会は正面玄関横の教室でおこなわれた。
「先生、是非もう一度顧問を引き受けてください。」
一人の親が口火をきると、中年女性の一団がぐっと圧力をかけてきた。僕は暫く様子をみることにした。
「うちの子は気が弱いものですから、先生のような元気な方に鍛えて戴きたいんです。」
「うちもそうなんです。クラブ解散と聞いてそれであなたはどうしたいのと聞くと、やりたいと言いますので。」
等々、
「やっぱりあきませんわ。」
「どうしてですか先生、私達は是非先生にもって戴きたいのです。」
「この会もって余計そう思いましたわ。さっきから喋っているのはお母さん方だけですよ。子どもはうしろでボーと立っているだけですやん。そんな子運動部にはむきませんわ。やりたいなら、自分のロで言わんと。」
すると一人の母親が
「あなた達やりたいの、どうなの先生におっしゃい。」
すると生徒の集団は抑揚のない声で
「やりたいです。」
と言った。僕はますます嫌気がさした。
「あきませんわ、おたくらの坊ちゃん、運動部むきやありませんわ。生きとんのか死んどんのかよう判りませんわ。やりたいんやったら、ちゃんと元気に言いますよ。だいちこんなことお母さんに頼むやなんてあほみたいですわ。」
しかし、母は強し
「私、先生にお会いしてよけい顧問を引き受けて戴きたくなりました。こんな子ですから先生にしごいてもらわないと。」
他の母親も頷いた。僕は暫く母親と子どもだけで話をさせることにし職員室に戻った。煙草を吹かしていると生徒が一列に並んで入ってきた。
「お願いします。やってください。」
と一言弱々しく言うと俯いたまま黙り込んでしまった。
「お前らあほか、ええ年こいてそれだけか、言えることは。」
僕はもうほとほと嫌になった。母親達のとこへ行き
「もうあきませんわ、おたくらの息子さん。ありやイカナゴの軍団ですわ、男の子違いますわ。」
それでも母親達はねばった。
「わかりました。そしたら顧問しましょ。但し、ママさん卓球の。お母さん方のほうがよっぽど卓球にむいています。その間、あいつらに飯の支度させて、皿でも洗わしといたらええんです。そのほうがむいてますよ。」
その後も母親達は熱心であったが、肝心の息子達が、ただただボーとつっ立ってるだけなので、ついに母親達も業をにやし引き揚げていった。
その後僕は釣り研の顧問となったのだが、卓球部の報いか、元気のありあまった部員どもに散々走りまわされる羽目にあいなった。