馬子にも衣装

 人というものは、誰しも人の目を気にして生きている。誇り、自意識、気負い等いろんな呼び方をするが、それらはおしなべて、他者との関係の中で相対的に発生するものである。誇りといえばなにかしら、一つの価値観に根ざした崇高さを感じさせるが、所詮それも、自己と他者との違いを自己優位的に構成したにすぎない。簡単に言ってしまえば、人は他者にない何かを自己の中に見つけて生きていかなければならない、これは一種の生理的欲求なのではないかと思う。しかし、時としてそのことが、人と人との交流に思わぬアレンジをしてくれることもある。

 僕は、小学校教員に採用されて二年目で中学校への転任を希望した。中学校で力を試したいと言えば聞こえはいいが、実のところ、中学校から転任してきた臨時講師から中学校は自由なところで、空き時間もたっぷりとあって誰に遠慮することなくのんびりやれると聞いたからである。普通、新任は三年間は転任希望を出せないのだが、他校種間の移動は例外として認められていた。

 当時中学校は荒れる学校と言われ、中学校教師から小学校教師への移動希望が急増していたので僕の希望はかなえられることになった。同僚達は、僕が中学へ転任すると聞き、なにも火中の粟を拾わなくてもとばかり訝しんだ。そんな時ある人が僕に転任校の様子を教えてくれた。かつては名門と言われた時期もあったが、今はけっこう荒れていると言うのだ。僕は生来単純な人間である。

それまでの期待と希望がみるみる萎み、不安が一気に拡がった。もし、転任校で失敗したら、何と言われるか

『力もないくせに中学なんか希望して。井の中の何とかとはよくいったもの。』

 と言われるにちがいない。そう思うと急に今までの喜びも、六年生を無事卒業させたという自信も吹き飛んでしまった。それどころか生徒になめられ、どつかれでもしたらどうしようとあらぬ考えをめぐらした。

 四月一日。佐渡中学校着任。教頭が、小学校からの転任とあって不安そうに僕を見た。

『小学校あがりとなめられてたまるか。』

そうは言うものの、やはり不安は増幅していった。

 着任式の日校長に連れられ、校庭に出た。黒の詰め襟は、整列すると無言の圧力があった。

「それでは只今から着任式を行います。」

教頭の開式の言葉に続いて校長が一人一人紹介していった。僕は七番目ぐらいであった。だいたい教師というのは話が長い、結婚式でも時間が足りなくなるのは教師の長話と相場が決まっている。しかし、この時は本当に長く感じられた。

「さて、徳島先生はあの広島大学教育学部の御出身で、私の後輩にあたります。」

校長は徳島先生という女の若い先生だけ、出身大学をいった。僕は、むかついた。むかついた反面、引け目も感じた。学歴コンプレックスである。

「えー、大山先生は南野中で長らく生徒指導をやってこられました。」

生徒にどよめきが起こった。南野中は市内で最も荒れた学校として、その名をしられていたのである。僕は参ってしまった。こんな人の後は目立つなと思った。

「次に御紹介するアンコウ先生は武蔵小学校からこられました。」

校長がそう紹介すると案の定生徒達から笑い声がおこった。もう完全に参ってしまった。生徒に挨拶をしなければならない。しかし、僕の耳には生徒達の笑い声がこびりつき、目には、黒の詰め襟の集団しか映らなかった。心臓の鼓動がはっきりと判った。挨拶などできるはずもなかった。頭がボーとしたまま朝会台に上がった。

「えーアンコウです。よろしく。」

そう僕が言うと、生徒達は静まりかえった。何かとちったかなと心配になり、生徒を見回し、朝会台から下りた。僕は思わず溜め息をついた。とその時

「うそや。やくざや。」

と言う声がした。

 着任式もなんとか終わり僕は職員室にもどった。入口をはいって何気なく鏡を見て、さっきの意味がわかった。僕の衣装のせいであった。まず、眼鏡である。車を運転する人は眩しいのでよくサングラスをかけている。僕は眼鏡をかけていたのでサングラスをかけることはできなかった。そこで、偏光グラスをかけていた。これは太陽光線にあたると変色しサングラスのようになるのである。次にヘアースタイル。僕は小学校に勤務していた時よく寝癖をつけて出勤していた。毎朝整髪するのがめんどうだったのである。ある日、散髪屋でそんな話をするとアイロンパーマをすすめられた。これなら毎朝の整髪は無用というのである。しかし、パーマというのは、洗髪後はドライヤーで乾かしておかないとくるくる巻いてしまうのである。僕は前日しっかり洗髪した。当然ドライヤーで乾かす等という手間なことはしなかった。だから、当日の僕の髪はパンチパーマのようになっていたのだ。そして、最後が服装。たった一着の僕のスーツはダーク・スーツだった。つまり、生徒が目にした僕の衣装は、パンチパーマにサングラスそしてダークスーツというものであった。そして、あがっていた僕は

「アンコウです。よろしく。」

と低い声で一言だけ言ったのである。

 この衣装のおかげで僕は生徒に小学校あがりとなめられることもなく、中学校教師に無事なれることができたのである。ただ、少々困ったニックネームを頂戴することにはなったが。

すずめの学校のページへ