学校

紺屋の白袴


 人の集団というのは実に面白い。普通の人ばかりの時はごくごく平穏無事に月日は流れ、昨日の続きに今日があり、そのまた続きに明日がある。しかし、その普通の人々の集団に、少しばかり毛色の変わった人がやってくると、たちまちその平穏は崩れ、あたかも嵐の渦のなかに飲み込まれるが如く、今までしっかりと根を下ろしていたものまでが綺麗さっぱりかき消されてしまう。実に困ったものである。とは言うものの、子供が嵐を心待ちするように、大人も心の何処かでその嵐を待ちうけているのではなかろうか。
 僕の小学校に新任教頭が赴任してきた。四十八歳の彼は市内でも出世頭であった。だいたい新任教頭や校長というものは、職員に甘く見られまいと、やたら肩に力が入るものである。ましてや、最年少教頭ともなれば、なおさらのことである。彼もご多分に漏れず着任早々容赦なく指揮棒を振った。
 当時僕は二年目の教師で、小学校のウーマンパワーのまえに干からびていた。先輩の女性教師達は、経験年数が浅いというだけで子供扱いしていた。あまり腹がたつので怒鳴りあげたことがある。しかし、これは大失敗であった。関係のない女性教師までが、かよわい女性を怒鳴るなんて、とばかり陰口を嫌というほどたたいてくれた。それ以来僕はさわらぬ神になんとやらで、四時前にはさっさと学校を出て毎日釣に行っていた。そんな干し魚のような僕を蘇らせてくれたのは、案外この新任教頭だったのかもしれない。
 新学期が始まってしばらくたったある日。職員朝礼で教頭が綱紀粛正を口にした。
「最近、市民の目は学校に厳しくなっています。先生方も充分、心して下さい。一時間、二時間と部分年休をとられる先生が最近多いように思われます。あまりそのようなことのないよう気をつけてください。一時間程度なら少し無理をすればどうにでもなります。その点充分考えて行動して下さい。」
「ほうでっか、ほな部分年休とらんと一日年休にしまっさ。」
つい口がすべった。僕はすぐ後悔した。職員は、僕と教頭とを見比べていた。こんな時の沈黙は実に堪える。職員朝礼は終わった。一人気まずくなった僕は、授業までの数分をどう凌ごうかと思案しならが煙草を吹かしていた。すると、四年の学年主任の先生が僕の傍らにやって来た。
「アンコウ先生よく言ってくれました。私もこないだから教頭には腹が立ってたんです。すっとしました。」
意外な賛同者に、僕はほっとした。すると前の席の山都先生が
「ほんま、ほんま。あの教頭言うたらなあかんわ。言うたったらええんよ。私、よう言わんけど。」
この山都さんの一言で周囲が沸いた。
 こうして僕と教頭との戦いは、多くのギャラリーをしたがえながら始まったのである。しかし、敵は権力者、少々のことでは、へこたれない。僕を干しにかかったのである。そうなるとこちらは圧倒的に不利である。力仕事で男手がいる時でも、目の前の僕を無視してわざわざ離れた場所の教師に頼んだり、僕の地声が大きいのを知った上で
「教師というものは誰かさんのように声が大きければいいというもんではないからね。」
と聞こえよがしに新任教師に言ったりで、僕もほとほと嫌気がさしていた。
もっとも、ラインから外れていた教師がもう一人いた。高島さんである。彼は、教師には珍しい職人気質の人であった。類は類を呼ぶと言うが、僕たちもやはり類になった。そうこうするうちに、僕と高島さんは職員朝礼が始まって教頭が話だしたころを見計らって出勤するようになった。教頭が話している最中に前のドアをガラッとあけ、大きな声で
「おはようございます。」
といって入るのである。一人がそうやって入ると、もう一人が時間差攻撃で続いた。僕たちのささやかな抵抗であったが、教頭はますます僕を干しにかかった。
 そしてむかえた二学期の体育大会、この日、僕と教頭はついに雌雄を決することになった。小学校の体育大会の花はなんといっても六年生の組体操である。だから、プログラムでも最後におかれている。ところが、当日途中から雨が降り出し、どうみてもこれ以上の続行は無理かと思われた。そこで、急遽プログラムを繰り上げて、午前の演技の締め括りに六年生の組体操をもってくることになった。もう、そのころには、グラウンドにも水が溜りはじめていた。この組体操での失敗は許されなかった。六年生の組体操は成功して当然、失敗すれば指導力の欠如とされるのである。ましてや、僕と高島さんが中心となった組体操である。失敗は、すなわち教頭との戦いの敗北を意味していた。
 演技が始まった。僕と後藤田先生も、欠席した児童の代わりに演技した。演技は順調に進み、クライマックスの七基の塔と大ブリッジに入った。練習でもこの塔はよく失敗していた。順次肩に乗り三段の塔をつくり、頂上の児童はまっすぐ立って両手を水平に広げるのである。ドドドーン。太鼓の音が響いた。ゆっくり立ち上がった。ドーン。頂上の児童が両手を水平にかざして制止した。僕は塔の土台をやりながら、首をもたげ他の塔を見渡した。五十前の後藤田先生も頑張っていた。どの塔も上手く立っていた。パーン。ピストルの音とともに一斉に倒れた。
 太鼓にあわせて児童は退場していった。すごい拍手がおこった。退場門で児童も教師も喜び合った。観客はまだ拍手をしていた。僕と高島さんは固い握手を交わした。その時雨は本降りになっていた。
 全員昼食のため校舎に入った。僕も満足感にひたりながら昼食を食べた。だれもが、組体操を褒めてくれた。もう、僕も高島さんも体の芯から爽快であった。そこへ体育主任の杉岡さんがやって来た。
「高島さん、アンコウさん、組体よかったよ。」
「有り難う、まぁ雨ん中やったけど体育大会の最後を締め括れてよかったわ。」
と高島さんが言った。
「いや、午後からもやるそうやで。」
「雨ふっとうやん。」
僕は驚いた。
「そや、体育部は中止するつもりや。さぁけど教頭は続行言うとるし。」
「何考えとんじゃ、教頭は。」
僕はまた腹が立った。周りで女性教師達も教頭の非常識ぶりを嘆いた。杉岡さんは
「まぁ教頭がそう言うからしゃあないやろ。一応続行のつもりしといて。」
と言いながら立ち去った。
 教育委員会は何を考えてこんな輩を教頭にしたのか。僕は心底腹がたった。とりあえず、教室の児童の様子を見に行くことにした。僕の教室は三階にあり、その隣は校長室であった。なんでも、僕のお目付け役として校長が隣にいるという噂であった。校長室の前を通りかかった時、校長が声をかけた。
「やっ、アンコウ先生。いや御苦労さんやったな。ところで、どや午後からできそうか。」
「はぁ、そら無理ですよ。見てください、六年生の子供ら組体でもうドロンコですよ。はよ着替えさせて帰さんと風邪ひきますよ。」
「ふん、やっぱりそうか。」
仇敵登場
「なにを甘いこと言うとんじゃ。わしらの若いころは土砂降りのなかでも平気でやったもんや、甘えとる。」
「いや、そやけど、六年生なんかもう、ずぶ濡れで、体もだいぶ冷えてますよ。」
「何をだらしないこと言うとる。君らがそんなこと言うとるからあかんのや。サボルことばっかり考えとったらあかんで、市教委も来とるのに。」
瞬間、僕の頭はショートした。
「こら、ええかげんにせいよ。自分はテントの中でぬくぬくしとったくせに。子供みてみいビショビショやろが。そんなことも判らんようじや管理職の資格なしや。」
校長は黙って立っていた。
「な、何を偉そうに。これくらいの雨で。」
教頭もむきになった。とその時、僕の目に防火バケツが飛び込んだ。
「がたがた言うんやったら、この水頭からかけたろか。ええ、どや、ほなちとでも子供のこと判るやろ。この『平目野郎』(註)。」教頭は真っ赤になり、真っ青になった。
「これ、教頭はん、もうやめなはれ。」
 教頭は校長に連れられ下りて行った。暫くして僕も職員室に戻った。すると山都さんがニコニコしながら傍に寄ってきた。
「アンコウさん、言うたったんやろ、教頭に。聞いたよ。言うたらええんよ、言うたら。私、よう言わんけど。」
「うん、ちょっとだけ。」
「体育大会中止なったよ。ええきみやわ。アンコウさんのおかげや、又言うてね。」
 僕の校内での序列は、この一件以降、大きく上昇した。

(註)教育界におけるテクニカルタームで、子供のことを顧みず、ただひたすら教育委員会のうけをきにしながら管理職になることばかりを考えている教師のことである。その様を海底にへばりついて目だけを砂から出して上ばかりみている「平目」にたとえたものである。類語に『みみず野郎』がある。

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