学校

お山の大将おれ一人

 人間と言う奴は、誰もが主人公でいたい反面、何処かで誰かに頼っていたいという矛盾した欲求をもっている。蜂や蟻ならば、女王蜂、はたらき蜂といった違いを宿命的に受領するが、人間と言う奴はそうはいかない。主人公であるときは、孤独感をもち、脇役であるときは、主人公に嫉妬する。そんな宿命的な感性こそが高等生物としいての証左なのかもしれない。しかし、人間が集団化する動物であるかぎり、リーダーなしの集団には混沌しか待っていない。とすれば、学校においては教師にその意味でのリーダーとしての期待がかかっている。クラスという小舟が無事荒海を渡れるかどうかは、船頭としての教師に負うところが大である。

 僕が六年を担任していた時、「いじめ」が発覚した。四月早々、中嶋という女の子がその友達と助けを求めにやってきたのだ。彼女の言うには五年生の二学期ごろから「くさい」とか、「風呂入れ」とかいっていじめられ担任にも訴えたが、とりあってもらえなかったと言うのである。僕は、中嶋の言い分が事実かどうか試してみることにした。これは意外に簡単である。児童に自由に集団を作らせればいいのである。丁度修学旅行前であったので、早速修学旅行の班作りをさせることにした。各六名で班を作らせると、女子が一人余る計算である。案の定中嶋だけ余ってしまった。

「おい、中嶋が余っとるやないか。どっか、入れたれや。」

 反応がない。

「おい、中嶋。入りたい班に言うてみ。」

 中嶋は一班に入れてくれとたのんだ。

「なんでよ、いややわ。他いってよ。」

 声の主は実力派の和田であった。

「こら、お前。それどう言う意味や。」

「だって先生、うちの班もう満員です。」

「ほな中嶋はどうしたらええんや。」

「べつにのけもんにする気はありませんけど、他の班へ行ったらいいと思います。」

「何ぬかしとんねん。ええかげんにせえよ。俺の目節穴や思とんのか。お前らが中嶋のけもんにしとん知らん思とんのか。」

 僕はつい腹がたち、怒鳴ってしまった。

「はい。たしかに中嶋さんをのけ者にしていたことは悪いと思います。でも中嶋さんも、悪いとこあります。それをなおさない中嶋さんも悪いとおもいます。みんな去年から注意してました。」

「やかましいわい、こら、ええかげんなことぬかすなよ。お前ら中嶋に『きたない』言うたやろが。『きたない』言うんが注意か。しばかれんぞ。きれいごと言うな。だいたいやな悪いとこなんか誰にでもあるわい。お前の悪いとこも言うたろか。ふざけんなよ。こらお前。中嶋に『きたない』言うほか何かまともな注意したったんか。」

「宿題忘れるのが多いと注意しました。」

「あたりまえやないか、子供は宿題忘れるようにできてあるんや。そやろ。さあから、先生が叱ったるんやないか。それにお前人にいえるほど立派なんか。どやねん。」

 和田は泣き出した。

「わかっとんかい。」

「ハイ、すみません」

 僕の怒りの声はまだ教室に響いた。

「お前ら、ええかげんにせえよ、調子のええことばっかりいいやがって。中嶋だけ悪もんにして、いじめてあたりまえやと思とるやろが。自分がされたらどうやねん。耐えられへんやろが。」

 中嶋が言った。

「先生、和田さんたちくは、まだましです。男子なんか、私が傍通ると『くさい』言うて蹴るんです。」

「何、ほんまか、やったもん立たんか。」

 五、六人の男子が立った。

「こら、お前ら何考えとんじゃ。お前らそれでも人間か、ドあほ。中嶋がなんかお前らに悪さしたんか。」

「いいえ」

「ようそんなこと許されてきたな。」

 男子のボス格の大北が

「寺井先生も知ってました。」

 中嶋が

「先生、私去年いつも一人やってん。私と仲良うしたら、他の子から、その子もいじめられるから。」

 僕は少々ショックであったが気をとりなおし

「今年はそうはいかんで。絶対許さん。他にいじめられとるもんは、おらんのか。」

「他はいません。」

「男子は仲ええんか。」

 子供たちは領いた。

「ほな、女子は。」

 ばつが悪そうに顔を見合わせていた。

「よし、わかった。今までのことはもうこれで終わりにしよう。中嶋をいじめたもん、今すぐ謝れ。」

 大北が真っ先に立って謝った。和田も謝った。そして、クラス中いたるところで

「いじめて、すいませんでした。」

 という声がした。最後に中嶋が

「私も悪いとこがあったと思います。すいませんでした。」

「ほんで、これからのことやが、今から、女子の大派閥研究をやる。つまり、誰と誰がグループで、どれくらいグループがあって、そのグループ相互の対立関係を図にする。ええか、正直にちゃんと言うていけよ。」

 僕は女子の派閥を黒板に書いていった。最初は、なかなか言わなかった女子も暫くすると積極的に言い出した。

「あっ、先生違います。それとそれとは仲がいいんです。悪いのは左のグループです。」

「あっ、すまん、すまん。ほんでこのグループのおんなボスは誰や。」

「私ら、そんなんいません。」

すると男子が

「うそつけ、伊沢やんか。」

と指摘する声まであがってきた。指摘された伊沢はニタニタ笑っていた。一時間かけて六年二組派閥大図解が完成した。

「よっしゃ、完成や。ほんなら、今から、その派閥ごとに分かれろ。」

「先生、男子は派閥ありません。」

「ほな適当に五、六人にわかれ。」

「ええな、今から各派閥にノートくばる。それから派閥は今から、豪族と呼ぶ。」

「なんか、大和朝廷みたいや。」

 大北が言った。

「そや、その通りや。お前らは豪族や。蘇我氏や物部氏や。ほんで僕が朝廷や。豪族は朝廷には絶対服従や。ええな。そのノートに豪族の名前を決めて書け。ほんで、そのノートは派閥日誌や。毎日交替で書いて僕に提出するんや。何を書いてもええ。そのかわり、派閥日誌の秘密は絶対守るんや。派閥日誌は同じ豪族の者しか見ん。だから、そこで見たことは誰にも喋るな。それから、豪族のメンバーは自由に替わってええ。そやけど、一人だけというのはあかんぞ。」

 あくる日からいろんな名前の派閥日誌が僕の机に置かれることになった。内容は硬軟とりどりであった。

 このいじめに端を発した派閥研究いらい僕は朝廷として君臨することになったのであるが、おもわぬ余禄があった。つまり、給食にでるデザートのアイスクリームやプリソの余分を豪族である児童が朝廷たる僕に献上してくれるようになったのである。甘党の僕にとってはこたえられない報酬である。たまにそのことで、不満を言う子がいると、他の子が、

「先生は朝廷なんやぞ。」

といって援護してくれた。言われたほうも妙に納得していた。僕としては、こりゃまずいと思ったが、まあ、おりをみて、子供達にクーデターでもさせるかと思いながら、アイスクリームを食べていた。

 それ以後いじめもなくなり、クラスも比較的仲良くなっていた頃、大北が次のホームルームの時間、運動場で古墳を作らせてくれと言ってきた。

「えっ、古墳。そんなんどうやって作る気や。土掘ったら迷惑するで。」

「いえ、掘ったりしません。運動場の砂を手で集めて作ります。」

「そんなん、お前らはええかしらんけど、女の子らいやがるで。」

「女子もしたい言うてます。」

「ほんまかいな、それで何個つくんねん。」

「一個作ります。」

「はな、まあええけど、体操服に着替えてやれよ。」

 当日子供たちは体操服に着替えて体育館の前で何やら作り始めた。僕は、職員室で煙草を吸いながらコーヒーを飲んでいた。すると大北がニコニコしながらやってきた。

「先生、できたから見にきてください。」

 僕は一体どんなもんができたことやらと思いながら体育館前にいった。すると、何と畳三枚分位の立派な前方後円墳ができていた。クラス全員で作ったその古墳の周りでどの子も満足気であった。一年の森川先生が記念にと写真を撮ってくれた。我がクラス初めての共同作業であった。僕も担任としてなにかしら誇らしく思えた。

 あくる日僕が職員室で煙草を吸っていると三年の先生が

「アンコウ先生、古墳見たらいけないのですか。」

 と言ってきた。

「えっ、まだあるんですか。」

「ええ、二組の子があの周りに近づく子を退けていますよ。」

 僕は、急いで見に行った。すると、古墳の横に立札がたっていた。

『この古墳をさわるとアンコウ先生におこられる。こわいぞ! 六年二組豪族一同』

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