学校

 戦いすんで日が暮れて

小学校には、六本の金太郎飴がある。何処を割っても同じ顔が出て来る金太郎飴だが、六本ともそれぞれ少しずつ顔が違う。それが飴達にとってのプライドなのかもしれない。

 教師になって二年目、僕は六年生の担任になった。五年の時の学年主任が学級経営に失敗し、六年に持ち上がることを拒み障害児学級を希望したため僕にお鉢が廻ってきたのだ。

ところが、この人事はひともんちゃくあっての難産だった。組合が僕の六年行きに難色をしめしたのである。僕の人格態度が協調性に欠け、問題があるというのである。

 組合の難色に校長も頭をいため、一旦決めた人事を反故にしてきたのである。僕としても、教師集団が崩壊しているような学年には、行きたいはずもなかったのであるが、事は僕の人格に係わることだけに、何が何でも六年に行くと主張した。

「な、アンコウ君そういう訳や。すまんが、六年あきらめてくれ。」

「何をいまさら。だいたい六年行ってくれ言うたん校長はんやないですか。」

「そや、そやさかい謝っとるやないか。」

「そら、組合の嫌がる理由が、僕の経験不足言うんやったら黙ってひきさがります。そやけど、なんですねん。僕の人格を問題にしとるやないですか、こらもう、プライドの問題です。ここで引き下がったら、僕が認めたことになります。」

「いや、君がそんなことないのは、わしが一番よう知っとる。ここは一つこらえてくれよアンコウ君。」

「だいたい組合の連中、俺と話もろくにしたことないやないですか。そんな者が僕の人格云々するやて、魔女裁判と同じですやん。僕にも充分反論させてもらわんと。」

「いやいや、もう充分わかっとる。いろいろ行き違いがあったんは、みなワシのせいや。この通りや、堪えてくれ。」

「そら、筋違いと違いますか。僕が、校長はんに謝ってもらう理由ありませんやん。謝るんは、僕のことよう知らんくせに、ごちゃごちゃ言うた組合や。」

「そや、君の言うことはもっともや。よう判っとるよって。なアンコウ君。」

「よろしいか校長。組合は、準備委員会という学内の公的な機関で明確な根拠もなく、予断と偏見に基づいて僕の人格を非難したんですよ。それも欠席裁判で。そんな権利どこにありますねん。これはもう立派な人権侵害ですわ。こういうこと教師がしているからイジメがはびこるのとちがいますか。学校であったらいかんことですわ。」

「いや、その通りや。」

「そない思いはるんやったら、早いとこ組合呼んでくださいよ、校長。」

「そ、それは困る。とにかく謝るよってこらえてくれ。」

「なんでですねん。なんで、校長が困りますねん。人格傷つけられたん、僕ですよ。困るん僕のほうや。」

「まあまあ、そう言わんと。君はまだ若い。将来、校長になるんや。学校というところもいろいろあるんや。な、判ってくれ。」

「なんでや。なんで呼べんのですか。組合、外におるやないですか。それに学校やから、こんなこと、あったらあかんのと違いますのか。もうよろしい、校長がそんな考えやったら、僕が呼んできます。」

席を立とうとする僕を、校長と教頭は拝み倒すようにして座らせた。

「待ってくれアンコウ君。みな私が悪いんや、この通りや。」

船場の番頭のような教頭が僕に頭をさげた。この教頭は、僕の大学の先輩であったが、その風貌から職員に軽くみられていた。

「なんで、謝りますねん、教頭はんも準備委員会で僕の悪口言うたんですか。」

「いや、とんでもない。」

「はな、謝る必要ありませんやん。僕はそういう事なかれ主義嫌いですわ。とにかく組合と話させてください。すべてそれからですわ。」

「いや、もうこらえてくれ。そのかわり六年以外やったら君の行きたい学年どこでも行かすよって。四年生どうや。楽やぞ。」

「校長先生もこう言われているんや、そうしなはれ。」

「ええかげんなこと言うたらあきませんで。組合は僕の人格に問題があるから、六年生の担任困る言うとるんやないですか。もしその通りやったら他の学年でも困るんと違いますか。はんま組合の言うような人間やったら、僕は教師なんかやったらあかんはずですわ。違いますか。」

「いや、そんな人格やないのはよう知っとる、頼む。」

僕は、頭にきた。

「こら、組合、中に入ってこい、話したろうやないか。」

隣室で待機している組合に向かって叫んだ。校長は真っ青になった。

「校長、組合怖いんですか。もおええ、呼んできたる。」

校長と教頭は必死になって僕を押し止めた。校長は何を思ったか、

「ま、まあ、待て。そや教頭はんアンコウ先生にコーヒー淹れたげてか。砂糖何杯や。」

教頭は早速コーヒーを淹れにかかった。

「やめなはれ、教頭はん、僕が淹れますよって。」

「いや、いや、わしがするよって気にせんといてか。」

「あほなこと、いいなはんな。」

 僕はコーヒーの容器を取り上げた。

「すまんな、アンコウ君。」

「校長先生さすがアンコウ先生ですな。何やってもそつがない。うまいことコーヒー淹れはる。たいしたもんや。」

「うん、おいしいコーヒーや。アンコウ先生ほんま美味しいで。いつもと違う。」

「ええ加減なこと、インスタントでっせ。」

「ほう、インスタント。でも美味い。さすがやな。ところで、何年生持つ。」

 校長が言った。

「六年生でよろしいわ。」

「そやな、四年生がええかもしれんな。いや四年生がええわ。音楽と図工は専科やし。教頭はんもそう思うやろ。」

 教頭は、コーヒーを含んだロをもごもごさせながら領いた。

「六年生。皆で伊勢に修学旅行に行ってきますわ。」

「そうか、四年生がええか。」

「わしゃ六年生や。六年生いく言うてますやろが。怒りまっせ。」

「そんなこと言わんと、たのむよって。」

「僕もう飽きてきましたわ。煙草買うて来ますから組合よんどってください。」

「あるある煙草。これでええやろ。」

 校長は、煙草を一箱僕に持たせた。

「もう、校長はんには、言うことがありませんわ。とにかく僕にもプライドがあります。これでも教師ですから、人格に問題がある言われてすごすご引き下がっとったら、人様の大切な子供さん預かることできません。そうでしょう違いますか。とにかく、まず、組合呼んで下さい。よう呼ばんのやったら、僕をクビにでもしてもらいましょか。どっちでも好きなようにしなはれ。」

 三月三十一日の午後の校長室は僕の大声と校長のなだめる声で終始した。

 所詮学校という所は声の大きな者が勝つ。午後七時をまわったところで、校長は学年主任に予定されている岩下先生を呼んだ。校長から事情を一部始終聞いた岩下先生は、僕の六年行きを承知した。

 しかし、いざ六年担当が決定すると僕は急に不安になった。そう、やっと自分の力量に目を向ける余裕ができたのである。兎角筋を通すと疲れるものである。しかし、新学年が始まるとそんな不安を言っている暇はなかった。クラスの立て直しと、組合の中心人物後藤田先生との戦いが待っていたのだ。

学年主任の岩下先生をはじめ教師が心配するなか、僕と後藤田先生は初日から火花を散らした。

しかし、人間とは不思議なものである。妥協することなく対立していた僕と後藤田先生は、二学期にはお互い良き理解者となっていたのである。案外、一番理解し評価してくれるのは、味方よりも素晴らしい敵なのかもしれない。

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