
アンコウ先生の公開授業 高1『現代社会・自然保護と日本』
水曜日3限 教室
扉を開け教師が入室、一同起立。委員長号令 ― 礼 ― 着席
教師 えーと、今日はどっからや。
生徒達 えー、うそー、授業やんのー。
教師 あたりまえやろ。授業やるんに決まっとるやろ。
生徒@ そんなん、今日二学期初めての授業やん。
教師 そうや、それがどないしたんや。
生徒@ 他の教科はいきなりはしませんよ。
教師 ほな、何すんねん。
生徒A 話ししてください。
教師 何、話。話してどうすんねん。
生徒B 生徒とのコミュニケーションです。
教師 しゃあないなあ。話したらええんか。したらええんやろ。
生徒達 やったー。さすが、先生。
教師 むかし、むかし、あるところに、ある人とある人が住んでいましたとさ、めでた
し、めでたし。ほな、授業するで。
生徒達 嘘やー、そんなん。嘘つき。
教師 こら、無礼もん、だれが嘘つきやねん。拙者、坊主の頭と嘘はいうたことがない
ぞよ。
生徒A 可愛い女生徒達の願いをふみにじるんですか。
教師 たいそうな、だいち、何処に可愛い女生徒がおんねん。
生徒B 目の前にいるやん。失礼やわ。レディーに向かって。
教師 誰がレディーや。笑わすなたわけ。お前ら毛虫じゃ。レディーの毛虫じゃ。モス
ラじゃ。ちゃんとレディーになってからほざけ。
生徒@ でも、先生話しするいいました。
教師 そうや、そやからお話ししたで。
生徒A そういうのと違います。ちゃんとしたやつ。
生徒B 夏休みの話ししてください。
教師 何でそんなプライベートなこといわなあかんねん。お前ら、俺の保護者か。
生徒B わかった。先生夏休み、何にもすることなかってんで。惨めに一人さびしく。
教師 なにいー。無礼者。ようし、したろやないか。夏休みの話し。
生徒達 やったー。
生徒A のりやすい性格やね。
教師 ほんで、何が聞きたいんや。
生徒A 全部。
教師 ほんなん、いちいち覚えとるか。
生徒B 何処かいったんですか。
教師 おー、焼津に帰っとった。
生徒B 何処?
教師 静岡県の焼津にきまっとるやろ。
生徒C 焼津?何しに?
教師 何しにて、鮪漁にきまっとるやないか。
生徒達 えー、うっそー。
教師 なにを、わしゃ鮪捕りの漁師やないか。
生徒B 漁師やなくて、教師でしょ。
教師 教師は世を憚る仮の姿よ。そして、その真の姿は男一匹鮪の一本釣りよ。
生徒C そしたら、なんでここにいるん?
教師 そう、いいとこに気がついたね。鮪漁というのは、何箇月も外洋に出て漁をする。
ハエ縄いうて、何十キロも縄も出して、ごっついこと、針をつけて流すんや。地
理の時間習うたやろ。
生徒達 ピンとこない様子
教師 なんや、知らんのか。
生徒達 笑顔で誤魔化す
教師 捕れた鮪は急速冷凍で保存や。アフリカ近海まで行くんや。さあから、そうそう
船は帰ってこられへん。そこで、乗組員だけが外国の漁港で交替するんじゃ。僕
も、七月に南アフリカのケープタウンで交替して船に乗り込んだという訳さな。
そやさかい、その合間合間、オカにあがっとるときに教師やっとる訳や。自慢や
ないが、わしゃ日本初の出稼ぎ教師言うわけや。
生徒@ ほんま。
教師 あっ、嘘や思とるな。もうええ、授業する。
生徒達 そんなん、あかんわ。
生徒B 先生、本当だったら証拠として、鮪漁船での話ししてください。
生徒達 そうや、そうや。
教師 よっしゃ。そやな、船に乗っとると色々危険もある。知っとるか、クロマグロ、
所謂本鮪ちゅうやつや。おまえら、寿司のネタのこんまいのんしか知らんやろ。
ほんまもんは何百キロもあるんや。さあから、ごっつい力ある。それをウインチで甲板に揚げるんやが、まだ元気一杯のやつもおる。そんなやつの側にうかつに近寄ると尻尾でなぎ倒される。打ち所わるかったら、首の骨なんか一発でおれてしまうんや。それに大海原や、鮪漁船なんか木の葉みたいなもんやから、ごっつい揺れよるんや。ほんで、海にはまってみい。鮪を狙って寄ってるジョウズの餌食じゃ。ほんま、男の世界よ。ははは……
生徒A ほんまやろか。
生徒B 嘘でしょ。
教師 さあけど、ええ事もある。鮪のトロそれもオオトロなんか食い放題や。もっとも、
トロよりもっと美味いのが兜焼きや。鮪のでっかい頭を煙突の傍において焼きあ
げるんや。これを太陽と潮風の下、大海原で食してみろ、最高やぞ。
生徒@ 私だんだん判らんようになってきたわ。
教師 僕、今度また冬休み船乗るから、三学期トロでも持って帰ってこうか。
生徒達 うん、お願い。
生徒B じゃ、約束ですよ。信じますよ。
教師 おお、信じるものは裏切られる。
生徒D 嘘つき。鮪、トロ。
教師 いややなー。先進資本主義国の青少年は、物質的価値観に毒されているもんな。
あーあ。帰ってくるんじゃなかった。
生徒B 先生もたまには社会の教師らしい単語使うんですね。
教師 ほっとけ。能ある鷹は爪隠す言うやろ。
生徒A それより、話、話。
教師 お前らがごちゃごちゃ言うから……大学出てすぐに海外青年友好団でアフリカに
自然動物保護のボランティアとして行っとった時のこと思い出しとったんや。あ
あー、ほんま自然も良かったけど、人間もちごたなあ、こんな、猜疑心ばかりの
おまえらの相手しとんやったら、あのまま残ったほうが‥…・ほんま。
生徒@ えー、聞きたい。先生、話しして。その時の話。お願い。
教師 嫌じゃ、なんでせなあかん。どうせ又嘘やと思とるくせに。傷つくなぁ僕は。
生徒@ 信じる。信じてますよ。
生徒B 先生、生徒に信じて欲しかったら、まず教師が生徒を信じないとだめですよ。
教師 お前、高校生か、母親みたいなこというて。はんま、信じとるんか。
生徒達 信じてる。信じてますとも。
教師 ほな、ちょっとだけ話するわ。
僕が大学四回生の時や。このまま漠然と就職してええんかなと思とった時。三宮
のさんちかで海外青年友好団の説明会のポスターをみたんや。そのとたん、閃い
たんや。俺はここにいかなあかん。もうその後はとんとん拍子で事が進んで、気
がついたら成田から南アフリカ行きの飛行機の中や。
生徒B 何しにですか。
教師 何しにてセーブ・ホウェールズや。お前ら知らんか、鯨が集団で浜に上がって、
集団自殺やとかなんとか言うのん。
生徒@ 知ってる、知ってる。テレビかなんかで私みたわ。
生徒C 私も、それがね、ものすごくかわいそうで……
教師 だまりおれ下郎。勝手に喋るんやったらもう話したらんぞ。ほんまお前等お喋り
モンチッチなんやから。
生徒達 黙ります。黙ります。だから話。続き、続き。
教師 その集団自殺やけどな、あれは実は自殺やないんや。
生徒達 えっ、ほんならなんやろか。
教師 それを今から言いますがな。ええか、南アフリカはケープタウンいうたら南極の
北方や。
生徒A またケープタウンや。他知らんのんと違う。
教師 ほっとけ、ほんまにそうやねんからしゃあないやろが。
生徒B 先生拗ねないで続き。
教師 まあええ、続き言うたろ。鯨も夏のうちは南氷洋におるんやけど、冬はあかん。
言うても南氷洋の冬はごっつい寒い。なんぼ、鯨の面の皮が厚うても寒い。ほん
で鯨も冬、避寒にいきよんねん。特に、図体のでかいマッコウ鯨は血の巡りが悪い。冷え性ちゃうか思うねん。鯨は知ってのとおり人の次に知能が高いから、アフリカが温いいうのん知っとるんやな。きっと、地理の時間にでも習うのやろ。
生徒A ええかげんなこと言うて。
生徒D 余所のクラスでも言うとんやろか。
教師 ほんで、集団で、南氷洋に一番近い南アフリカはケープタウン近海に接近しよる
んや。ほんま、浜のほん近くや、手だしたら届く距離や。鯨も知っとるんやな、
アフリカ人鯨食べんのん。えらいやっちゃでほんま。まあ、日本人でいうたら湯治ぐらいの感覚やろな。ところが、人間のレジャーもええことばっかりちゃうやろ。道路の渋滞とか。鯨も同じや。蚊や、蚊が困んねん。
生徒@ 蚊やて、蚊。
教師 なんせ、アフリカはなんでもでかいからな。甲虫でも30センチぐらいのんおる
んや。
生徒D 知ってる、知ってる。おじいちゃんがアフリカ土産で買ってきたんあるわ。うち
に。
教師 そやろ、何でもがでかいんや。
生徒D 目を輝かしてうなづく。
教師 お前ら、知っとるか。家で猫こうてるもんおるやろ。そら猫でもアフリカ行った
ら、ごっついでかいんや。知らんやろ。体長2メートルぐらいあって、雄なんか、
立派なたてがみ生やしとんや。
生徒B 先生、それライオンです。
教師 そう、そうとも言う。
生徒A よう言うわ。
教師 何こまい事言うとんじゃ。あれも立派な猫科じゃ。
生徒@ 病気やね。
生徒B 独自の世界持ってるわ。
教師 なんでもが皆でかいんやぞ。西瓜もでかいねんで、お前ら知らんやろ。アフリカ
の西瓜は直径1メートルはあるんや、さあから食い方も真ん中をくり抜いて、そ
こにドタマ突っ込んで西瓜を両手でクルクル寿司みたいに回しながら食べるんや。まあ、傍から見たら、襟巻トカゲやで。
生徒B 先生、それで蚊はどうなったんですか。
教師 そうそう、忘れとった。まあ、なんでも、大きいんや。そやさかい、蚊も、もの
ごっついでかいんや。僕なんか、初めてアフリカあまだら蚊が空翔んどん見た時、
鳶とまちごうたもんな。そら、羽音もすごいで、ヒューンいうて翔んどるもんな。いやほんと世界はまだまだ広いよ。
生徒B それで。
教師 ほんでや、そんなでかい蚊が刺すんよ、マッコウ鯨を。浜に近づく鯨は、アフリ
カあまだら蚊にとっては待ちに待った御馳走なんや。ええか、知っとるか。鮪で
もトロいうて美味い部位があるやろ。鯨もその蚊にとっては同じらしいわ。潮吹
きするとこあるやろ、そこの周囲の血がなんでか知らんがアフリカあまだら蚊に
とっては美味いらしいわ。鯨の血を吸うと、蚊の体が段々赤味を帯びてきて、ほ
んのり桜色になりよんねん。なんせ、血すうのは雌だけやから、その様子見とっ
たら、蚊とはいえなかなか色っぽいんや。しばらくすると、鯨が妙な動きしよるんや。痒いんやろな。さあ、そこは鯨、哀れなもんや。手足退化しとるから、痒いとこようかきよらんねん。お前らも判るやろ。痒いのにかけなんだら、辛いやろ、一種の拷問や。そうなったら、体をどっかに擦るやろ、鯨も擦ろ思て、ついつい浅瀬に近寄り過ぎて、やっと掻けた思たら今度は座礁しよるんや。哀れマッコウ鯨は蚊一匹のめに昇天してしまうんや。蚊は鯨の天敵やな。どや、理に適う話しやろ。
生徒B ええ、まあ。それで、先生は何をしたんですか。
教師 よくぞ聞いてくれた。セーブ・ホエールズや。ええか、日本人は兎角エコノミッ
ク・アニマルいうて、海外では評判がよくなかったんや。金儲け以外興味がなく、環境保全や自然保護等全地球的視野に欠ける言われとんや。それではいかんいうて政府・財界・それに僕たち青少年の力を合わせて、哀れな鯨を救うことになったんだ。なんせ、救う相手が相手や日本の薬学やハイテクの技術が役にたったんや。蚊に刺されたときはなんと言ってもウナコーワにかぎるわな。鯨もいっしょや。さあけど、相手は鯨や人間と同じでは効かんわな。そこで、用意したウナコーワは直径3メートル、長さ12メートル、重量3トンちゅう超ビックサイズよ。こんなん一人や二人では持てん。そこで、出てくるのが、小松製作所のこれまた特別に製作したウナコーワ専用ホルダー装備特注自走式クレーン通称『ウナ・ビッグレンジャー 501』という優れものよ。
生徒A 授業でコマーシャルしてどうするんやろ。
教師 それで、朝・昼・晩の三回、座礁しているマッコウ鯨に塗ってやると、翌朝はも
うすっかり元気や。後は簡単や、脇の下を大型ダスキン・モップでこそばしたるんや。かゆみに弱い鯨やそれも急にこそばすんやからたまらんわ。思わん筋力つこてジャンプしよんねん。その拍子に離岸しよるんや。ははは…‥。
キン・コン・カン・コン授業終了のチャイムが鳴る。
教師 さようなら。
生徒達 先生、鯨の脇の下てどこよ。ずるい、何処行くんよ。逃げる気やわ。