小窓からの風景『おふろにはいろう』










CT  応用編

 

CTの基本は、きっちりと向かい合って、一球一球心を込めてボールを投げあうことにある。ここのところをある程度窮めていくと、次の段階へ進むことも可能である。追加して必要なものはバットである。必ず打てるコースに投げて思い切り打たせる、自信を打ち砕くように空振りさせる、逆に、思い切り空振りして見せる、完全に打ち砕く等々。要するに、トスバッティング、フリーバッティングの形態で、多くは、試合を想定して実況つきで実施する。

 

事例1

対象生徒

 脳の疾患により片マヒあり

 身体は一人前でおしゃべりは大得意であるが、ちょっとしたことで自信をなくす

 自分は何でもできると思い込みたい

目的

 身体のバランスのため、患側の腕や手指も十分に動かす

 相手をやっつけたという満足感を味わう

 失敗や負けも素直に認める

方法

 自分(対象生徒)は上手であるという前提に基づいて野球をしているため、あれこれと細かい指示は聞かない。言葉ではなく、まず、打てるという感覚を十分に身体にしみこませることから始める。健側の腕のみによるバッティングを認め、素振り。その軌道を十分にインプットし、そこしかないというコース、スピードで投げ込む。次の段階として、試合を想定、打者が代わるので打ち方も変わることを意識させる。「さあ、次は4番だれそれ。今度はしっかりと両手でバットを握り締め、力強く構えております」などと実況中継し、両手の使用を推進する。打たせる、打ち取る、打つ、打ち取られるを、本生徒の体調や心理的な状況に応じて適切に配分。とにかく、勝っても負けても気分よく試合終了となるよう持ち込む。

結果

 おじいさんとよくテレビで野球の試合を見ることがあるようで、阪神だジャイアンツだと楽しんで取り組めた。両手を使うことの必要性は日頃から医者や家族から言われているので、自分でも十分に意識しており、その都度、右バッターになったり左バッターになったりしながら、打ちやすい方法を考えることができた。両手で打てたときは、ことさらにアナウンサーの声は大きくなり褒め称えたのであるが、やはり、そのストレス感はかなりのもののようであった。それを感じたときは、打者として最後に思い切り片手でホームランを打つ、または、投手として速球で空振り三振に打ち取る、という場面を設定し、とにかく、次もやりたいという状況を作り出した。5回に一回くらいの割合で、やっつけた。大げさに騒がず、「あのボールは、先生にしか打てへんで」とか「この何年かで、一番ええボールやったやろ。あれは空振りでもしゃーないで」などと、いい勝負であったが、少しだけこちらの状況が上回った。たまには負けることもあるし、それでも、どうということはない、ということを感じさせた。

考察

 自分の身体の状況を自分で理解していると、何とかがんばりたいという気持ちと同時に、これだけがんばっているのに…という気持ちが生じることがある。よくならないかも、とか、しんどいし痛いことはいや、という心情である。これだけのことをすれば、必ず、これだけはよくなる、ということを言い切れる状況であれば、痛いこともがまんさせる。だが、身体に障害のある子どもの場合、それを言い切ることは困難なことが多い。でも、何もしなければ、さらによくない可能性もある。そういうときに頼りになるのは、やはり本人の力である。本人が自分から、しかも楽しい状況のうちに、もっと言えば、知らないうちに上手に動かしていた。それが一番いいように考える。

グーになった手のひらをゆっくりと広げる、バットを握る、腕を肩の高さまで上げてしっかりと構える、思い切り振る。健側に頼りながらも、何とか自分自身の力でやり遂げる。それでいいバッティングができれば、次もそうしようと考える。その繰り返しから、「自分の右腕は動きにくい。でも、野球のときはバットを握るし、ホームランも打つ。なかなかいい右腕じゃないか」という意識に育っていけばと願っている。

ただ、この取組の前と後での右半身の状況を客観的に評価できていないのが弱点ではある。ここのところできっちりと勝負できる資料を収集できるか否かが、今後のCTの発展に大きくかかわってくる。

 あと、勝ち負けについては、日頃からの人間関係が大きくものを言うのであるが、たまには、とか、力一杯やったけど相手が少し上だったというような、冷静な判断が可能な状況を作り出すことで、悔しいけれど負けを認め、次は必ずやっつけるという意気込みがもてる。大人の対応というものである。

 

事例2

対象児童

股関節の疾患による長期入院

入院前はサッカー少年

いわゆる勉強ができて運動も得意、見た目もまあまあのリーダータイプ

目的

 いわゆる鼻をおる

 退院後、本格的に取り組むには無理のあるサッカーから、野球に目を向けさせる

 本気で遊ぶ

方法

 野球は経験がなかったようであるが、初期のキャッチボールの段階から厳しく仕掛けていった。前籍校では、何でもできる優等生で多少のわがままも許されてきていたような自由な言動をここでは決して許さないという意気込みを、投球に込めた。野球の素質があると判断した後は、すかさずバットを持たせた。ゴムボールとプラスチックバットであるが、本気の勝負を挑んだ。10メートルそこそこの位置から、オーバースローからアンダースロー、ストレートからチェンジアップまで、可能なピッチング技術の全てを駆使して勝負した。

結果

自信を持たせる手順ではなかったので、キャッチボールやバッティングの失敗を繰り返すことになった。その経験が、自分にもできないことがあるし、友達の方ができることがあるということを知ることにつながった。また、他のクラスメイトの安心感にもつながったようである。クラスメイトが、本児童に対して笑顔を見せるようになったのは、そのころである。

多少、上から押さえつけるようなキャッチボールの段階を終える頃には、野球の面白さを感じ始めていたようで、より厳しいボールにも機敏に反応できるようになってきていた。上半身のみの対応であるが、投球フォーム、打撃フォームともに無理のない自然な形に仕上がってきた。入院生活、治療用装具の着用というストレスにさらされながらも、野球をするときは力一杯動く、声を出すということが可能になった。

考察

 やったらできたという成功体験のなかでも、なかなかうまくいかない、こんなにがんばっているのにできない、というような苦闘を繰り返したあとの成功体験はなかなかに優れものであると言える。できないことの悔しさ、努力することのつらさ、見守ってもらうことのうれしさ、それらをすべて包み込んだ上での喜びがあるからである。

 これまで、何不自由なく暮らしてきたのに、突然の入院生活、こんなはずじゃないといういらだち… そんな中、さらにたかだかボール遊びでストレスをかけたのには、耐えられるはずという確信と期待に当然、基づいている。この取組によって、何となく萎縮していたクラスにも笑顔が見られ、休み時間には、身体の動きの自由を奪う装具をものともしない激しい動きと大きな声で中庭がいっぱいになったのである。

 結果として、バッターボックスとピッチャーズマウンドのあたりの芝生がかれてしまって大変迷惑をかけ、管理している校務員さんには申し訳ないと口では何度もあやまったのであるが、たいしたことではないと思っている。

さらに、数年後、本児童からの「少年野球でピッチャーをしています」という近況報告を聞いて、すぐに、高校・大学卒業までの年数を計算した。ドラフトで名前が挙がるかもしれないからである。それだけの素質があると見ている。