養護学校の魅力?
「養護学校の魅力って何ですか?」と聞かれたことがあります。養護学校の魅力? はたと考え込んでしまいました。大学を卒業してから今まで、確かに養護学校勤務のほうが明らかに長くなっています。小学校と比べると倍近くの勤務年数になります。しかも、偶然ではなく、希望です。傍から見ると、養護学校が好きで、そこでの仕事を生きがいにしているように見えたのかもしれません。ある意味では、そう見られることはうれしいことです。でも、これまで経験した学校で、「ここはいい!」と思えるようなところはありませんでした。学校に魅力を感じたことはなく、逆に、最近では「この学校(現任校とは限りません)、どうなってんのや?」とまるで、第三者のよう見方をしてしまうこともしばしばです。
「学校に魅力を感じていないのなら、そこにいる子どもたちに魅力があるのか?」ということになります。これもそうとは言い切れません。障害のある子どもに魅力があるというのは何か変な感じであるし、失礼な気もします。子どもたちの純粋さや素朴さ、そういうことを感じることもありますが、それは小学校でも感じたことでした。障害があるから特にかわいいとかどうとかいうことはありません。障害のある子どもとない子ども、どちらがどうということはありませんが、障害はやはりできればないほうがいいのだろうと思っています。
では、「障害そのものに興味があり、それへの対応ということに魅力を感じているのか?」 それなら、もっともっと勉強していただろうと思います。障害についての医学的なことから、実態把握のための検査、○○療法的な専門的な指導法の数々を。そして、ひたすら障害の軽減や克服を目指し、取り組んでいるはずです。
何か少し微妙な感じになってきました。では、自分は養護学校で障害のある子どもたちを目の前にして、毎日何をしているのか。何をしようと思っているのか。これを機会に、少し、しっかりと考えておかなければと思いました。
そんなときに、子どもの頃住んでいた街を久しぶりに訪ねる機会がありました。通りかかったことは何回かあったけれど、じっくりと歩き回ったのは30年近く振りです。
駅をでて、家までの道のりを歩きました。道がこんなに狭かったかなと感じるほかは、ほとんど昔のままです。あの頃からもうすでに十分古いと思っていた2階建てアパート、質屋さん、パン屋さん。家が近づいてきます。野球をした空き地はもうなくなり、事件のあった踏切は金網で閉じられていましたが、でも、あいぃ達と遊んだどぶ川はあの日のまま、家の周りの様子もあのころのままでした。
毎日、何がおもしろくて暗くなるまで遊んでいたのかよくわかりませんが、いろいろと思い出されてきます。かんけり、たんてい、べったん、ビーダン、こままわし、たこあげ、じてんしゃ、きちづくり、やきゅう、どっじぼーる… 暗くなった帰り道、カレーライスのにおいがしてくると、自分の家の晩ご飯がカレーでありますようにと祈りながら帰ったものです。けんかしたり、いやなこともあったりしたはずなのに、思い出されるのは、とにかくおかしくてしかたがない、もっともっと遊びたい、そんなことばかりです。
小学校に向かいました。どうでもいいことを、べちゃくちゃと話しながら歩いた通学路、あいあいがさの落書きでいつもいっぱいだったブロック塀、好きだった女の子の家…
あのころと違うのは、校門がきっちりと閉められていることだけのようでした。1年生の時に先生のほっぺたにちゅっとした鉄棒、すべり降りるときなんかへんな感じがした登り棒、手のひらの皮がずるっとむけてしまった雲悌、背中から落ちて声がでなくなったタイヤの山、中で雨やどりしながらたこ焼きを食べた大きなタイヤ… そして、いつも僕たちが野球をしていたその場所では、あのころと同じように子ども達がキックベースボールをして遊んでいました。それを見たとき、なぜだかうれしくて仕方がありませんでした。「よしよし、それでいい。よかったよかった」と一人力強くうなずいていました。そしてそういうことかもしれないと気づきました。
人間の子ども時代が好きだということかもしれない。そういうことのような気がします。子ども時代は、こんなに楽しくておもしろいことがいっぱいあるぞ。今日一日元気に遊び回って、しっかり食べてしっかり寝て、そして、つぎのいい一日をすごそう。休みの日は特にわくわくして早起きしてしまう、そういう毎日をすごそう。そういうことを、よけいなお世話かもしれないが、子ども時代にきっちりと味わってほしい。そのためにこの仕事をしている。障害があれば、何かそのために不便なことがあるかもしれない。そこのところをなんとか知恵をしぼっていい方法を一緒に考えたい。それが、今の仕事をしていることの大きな理由です、ということが、今一番無理のないところかもしれないという気がします。
毎日、しっかりと勉強や習い事、訓練等に取り組ませておられる方々には、まったく、よけいなお世話であるし、そんなことで一人前の給料をもらうとはなにごとかというような声が聞こえてきそうなのでこのへんでやめときますが、でも、やっぱり、とても気分がいいとか気持ちがいいというときは、ちょっとくらい困ったことや不安なことがあっても何とか乗り越えたりやり過ごしたりして、それが必ず次への力につながっていくのだろうと信じています。