小窓からの風景『おふろにはいろう』




「あいぃ」のころ

 

エアコンがちょうどいい具合に効いている自立活動室は快適で、しかも前の時間に入浴学習を行っているので、学習に取り組むには心身共にこれ以上ないという状態です。ここでこれからMくんの音楽療法が始まります。

 

療法士の先生のキーボードによる伴奏ときれいな歌声で、そばにいる僕はうとうとしてしまいそうになります。昔のことをあれこれと思い出して、いらいらして大声を出したりペシペシ顔をたたいたり、髪の毛をむしったり涙ぐんだりすることの多いMくんも、さすがに今日はにこにこ顔でイ゛ーと言いながらうろうろと歩き回っています。

 

「たいこを たたこー♪」という歌声とともにたいこの音が聞こえてきて、うとうとしていた僕は、はっと我に返り顔をあげました。外国のものと思われる携帯型のたいこを脇に抱えて、それをばちでたたきながら、やはり、にこにこ顔でイ゛ーと言いながらうろうろと歩き回るMくんの姿が目に入りました。

あれ、これは…

 

「あいぃ」といろいろあったころ、隣町には、さらに不思議な少年がいました。

野球をするのにちょうどよい野原が自転車で少し走ったところにあり、そこでひとしきり野球をして遊んで、そのあと、3つ10円のたこ焼きをじっくり味わって、いよいよすることがなくなったころ、その少年がいつもあらわれていたような気がします。

 

いつ見ても白のランニングシャツとだぼだぼの半ズボン、それに足下は裸足でつっかけです。左手には緑色のかご、そう、ミカンなんかをいれるあれを上手にわしづかみにして、右手にはそのへんにおちているような棒きれをもって、ペチペチとたたきながらうれしそうに歩いています。

 

何やらつぶやいているようですが何を言ってるのかわからないし、話しかけてもどこか遠くを見ているような目で、答えてくれることはありません。ただ、にこにこと歩き回っているように見えました。僕たちは仕方なく、彼の後ろについて歩き回りました。左手にはちょうどグローブをもっていたので、右手用にちょうど具合のよい棒きれを拾ってスタイルは完成です。同じようなテンポで、何となく左右に傾きながら、そして何やらつぶやきながら、にこにことついて回ります。ちんどんや(この言葉は今は使わないのかもしれませんが、そのころはこう呼んでました)さんそのものです。

 

何という失礼な光景でしょう。これはどう考えてもよくない。

 

「さ〜あ〜、先生もいっしょにたたいてくださ〜い♪」

療法士の先生の歌いかけに耳を疑いました。

えーっ! 一緒に?

でも、できませんと断りその理由を説明するには、40年近く前までさかのぼり、ランニングの彼に登場してもらわなければなりません。仕方なくたいことばちを手に立ち上がりました。

 

キーボードの伴奏に合わせてたいこをたたきながら、そしてMくんの歩くスタイルに合わせながら、教室内を歩き回りました。Mくんのイ゛ーという声とにこにこ顔は、より一層良いものになったような気がしました。

 

ランニングの彼の関係者が見たら、怒りや悲しみを誘うであろう僕たちの軽率な行動。でも、もしかすると、そうすることでランニングの彼も、いっそうにこにこ顔で調子よく歩き回っていたとのではないか。自分たちの行動を今更ながらにしっかりと棚に上げて、音楽療法の効果についてじっくりと考えることができたひとときでした。