学校 がっこう ガッコウ… C
肢体不自由養護学校で単一障害となると、例えば小学校で学習するそのままの内容を学習させることになります。
小学校で何年か仕事をすると、例えば、「スイミーの気持ち」一つ聞き出す発問のために、一晩考え尽くすことも経験しています。「スイミーはどんな気持ちだったでしょう」で良いようなものですが、そうはいかないのが、小学校国語科の醍醐味です。40人ほどのクラスの集団の持つ力を生かし、発問を考え、授業を進める。そういう経験をしていると、4〜5人のクラスで同じような授業を行うことの難しさを痛感します。
国語であれば、友達の意見や考えを参考に自分の考えをまとめていくようなことがマンネリ化されていきやすい。算数であれば、家庭教師か○○式のような状態になってしまう。理科や社会では、実際の体験というものをどう教室内で保障するかという大問題がある。生活科においてはなおさらです。
そのような困難な状況の中、予定外の疾病のために入院を余儀なくされた子どもたちの学力を保障・維持していくための教材研究はなかなか難しいものです。人数が十分の一でも、それにかける時間は小学校のそれと変わることはありません。退院後に、スムーズに元の学習環境にとけ込んでいくためには、適当にお茶を濁すようなことはできません。
県立の高等学校につとめたことはないのでいい加減なことを言わない方がいいのですが、でも、やはり、このような状況に耐えられる高等学校の先生は少ないのではないでしょうか。昨日まで高校生相手に国語や数学その他の教科をある程度の専門性のもとに教えてきたであろう教師が、いきなり小学校2年生の国語で「スイミーの気持ち」を考えさせる授業を行うことはどう考えても無理があります。それは、小学校と養護学校しか経験がないし免許もない自分が、教科はさておき、いきなり高等学校において高校生相手に授業をしなさいと言われて立ちすくんでしまうことを想像すれば容易に理解できることです。
4〜5人であるから、何となく授業としてのかっこうはつけることができるし、何か不満があっても大人の力で子どもを押さえつけることもできる。親も、入院という一大事で頭がいっぱいで、学習については二の次になりやすい。そういう状況であるからこそ、何とかその場は凌いでいける。
市民オンブズマンのようなたぐいの人が一部地域で活躍されていると聞きますが、教職員の勤務時間がどうしたこうしたということより、そういう直接子どもの損得にかかわる事柄の方が大問題のような気がするのですがどうでしょうか。