学校 がっこう ガッコウ… B
小中学校は市立、高校は県立が多い。システム上、県立学校間の人事異動は市立学校とのそれとは違い、容易なようです。だから、県立養護学校には、高等学校出身の先生が多くなります。数えたわけではありませんが、教科でいうと、体育、美術、社会科あたりが多いように思います。数学は、少ないです。
体育では、間違いなく若い男子の講師が多いようです。若くて元気があるということ、採用試験を控えているということ、体育会系であるということ、男子で力があるということは、採用する側には都合がいいのだろうと思われます。講師という立場上、仕事に関してはやる気をみせます。しかも、上下関係を重んじる姿勢は見ていて嫌なものではありません。しかも、中学生くらいになって暴れたり抵抗したりする生徒には、力業が最も手っ取り早いのも事実です。
ただ、力で押さえつけられる習慣のある生徒は、それに対抗するために必要以上の筋力や、力の入れ方・抜き方を身につけてしまいます。その上、自分がかなう相手かそうでないかを敏感に確実に見分ける力までも身につけてしまいます。そうなると、腕力や子どもを脅せるだけの顔力のない教師にとっては、その生徒はかわいげのないわがままな生徒になってしまいます。そこで、またまた若い体育教師により服従させられることになり、この悪循環は断ち切られることなく卒業まで続くことになります。
陶芸に全てをかけているかのような美術教師もいます。自分で好きなように作品を作って好きなように満足して、うらやましい限りです。人としゃべることなく、だまってその作業に打ち込めることがなによりうらやましい。
陶芸のかまの扱いについてこんな話を聞きました。「かまはわれわれ美術教師にとっては、命の次に大切なもの。それをいい加減に扱うことは許されることではない。万が一こわれれば、大金がとんでしまう」。
それをそのまま「目の前の子どもはわれわれ養護学校教師にとっては、命の次に大切なもの。それをいい加減に扱うことは許されることではない。万が一こわれれば、お金では決して解決できない」と言いたくなる状況がたまにあります。
子どものパニック(心身ともに落ち着かず情緒不安定となり、暴れたり大声を出してしまう)を見るたびに、「最悪やな」とか「薬飲まあかんで」とか「障害者やから仕方ない」とか、直接子どもに対して言ってしまっている状況を目の当たりするときです。
体育や美術やその専門性がうらやましいと思いながらも、養護学校はその適正等を見極めることなく多くの教師を受け入れすぎてきてしまっているのではないかと思うこともしばしばです。
学生時代に「小学校(教員養成)課程」の学生に「『養護課程』って保健室の先生になるところやろ」と言われてびっくりしたことがあります。正しくは「養護学校教員養成課程」なのですが…。小学校の先生でも、必ず障害のある子どもと出会う機会があるはず。それなのに、この学生たちは障害のある子どもの教育について全く学ぶことなく大学を卒業する。採用試験に合格すれば小学校の教壇に立つ。システムとしてこれは如何なものか、と思ったことがつい昨日のことのように思えます。