小窓からの風景『おふろにはいろう』

学校 がっこう ガッコウ… A

市立養護学校

 

玄関の自動ドア、エレベーターは当然。体育館の空調設備も整いました。全幼児児童生徒数40人未満でありながら、養護教諭は2名。看護師も常駐です。職員の研修のための予算も自由自在。市教委の理解により、市内でもとびぬけて優遇された学校であることに間違いはありません。そして、市内小中学校からは、それなりにやる気のある教師が集まってきている、はずです。

 

可能な限りのマンツーマン体制を維持し、一年間、目の前の子どもにつきっきりで学校生活の全責任を負う形をとります。保護者からすれば、担任発表の日に、その一年間の全てが決まってしまうと言っても過言ではない状況といえます。

 

職員集団はいたってまじめで、時間を惜しまずに会議に明け暮れます。放課後の部活動の充実を求めても会議優先。会議時間の短縮を迫っても、会議とは時間をかけてじっくりと取り組むべきものであるという前提は覆りそうにありません。授業時間は、みっちりと子どもと向き合っているのだから、放課後くらいはゆっくりと会議させてくれと言わんばかりのように感じました。会議を早く終わらせるために、会議中は全員直立不動の体勢でと提案しましたが、相手にされませんでした。

長年続けてきたらしい「療育簿」なるものを、こんなものは、近い将来、特に必要なくなるからと、記入を独断で中止すると、このよそ者は何を勝手なことを言い出すのかと白い目で見られ、校務分掌の組織の改編を5年間かけて提案するも、なかなか話が通じない。この町のやりかたをかたくななまでに守り通そうとしている、そう思えました。要するに伝え方が悪かったということになるのですが…。

 

仕事をやりやすくして、じっくりと子どもとかかわろうということが、伝わらないままに終わってしまったことは残念です。また、この町のことはこの町の人間がやりやすいようにやればいいか、と投げ出してしまったことも反省すべき点ではあります。

 

「療育簿」の記入はこうあるべき、となるとどどーっとそちらに注意が集中し、応用行動分析の観点で、となるとやはりそれがすべてのような状態に。個別の指導計画云々に至っては、理念は何とか口にできても中身が追いつかない状態で、本当によく頑張る人たちが集まっていると感心します。何をするにも全員で力を合わせる。誰かが右を向けばなんだなんだとなり、左を向けば今度はどうしたとばかりにまたまた集中できる。ついていくにはかなりのエネルギーを要します。

 

子どもにとってはよけいお世話であったり、直接子どもに影響のないところでがんばりすぎてしまう傾向がなくはないけれども、小さな町でこんなにがんばっている人たちがいることを知ることができて光栄でした。もう少しここでやるべきことがあったかなと、思わなくもありません。