学校 がっこう ガッコウ… @
数えてみると、これまでに7つの学校で仕事をさせてもらってきています。
そのときどきの自分自身の状況や時代背景等によって、感じ方は変わってくるのですが、それぞれの学校の特色というか、自分の子どもを通わせるなら、というか、そんなことをいろいろ考えたりすることもあったので、そのいくつかをまとめてみます。
来年度、障害のある子が本校への就学を希望しているらしい。みわちゃん。知的にも身体的にも支援が必要な様子です。
実際に保育園に様子を見せてもらいに行きましたが、個人的には、障害児学級のない状態で受け入れることが最善かどうか迷うところです。本人のことだけを考えると、養護学校(ただし、近隣にはないので現実的な選択ではない。近隣の障害児学級のある小学校がその代替となる)が適切なような気もしたので、会議で報告しました。
「どの子も地域で受け入れるべきでしょう」
「学校全体で受け入れるという姿勢で考えましょう」
「地域の子どもたちの中で、お互いに学び合うということを大切にしたい」
「本人や保護者の願いを一番に考えよう」
なるほど、みんなやる気があるし前向きです。条件的にはなかなか厳しそうに思えるのですが。
ただ、残念なことに担任を進んでやろうとする人はいません。自分の思う通りに進めさせもらうことをさりげなく条件として出して、担任を引き受けました。
まず、施設設備面の充実を。
「うーん、気持ちはわかるけど、一人のためにそこまでできるかな」
「バランスから言って、他を犠牲にすることにもなるし…」
本人の心身の安定と発達保障のためにも、個別指導のための時間と指導者の確保を。
「別にする必要があるのかな」
「何をどうしたらいいのか。先生にはできても私たちには無理かも」
障害児教育推進委員会(推進というからには、障害のある子どもの教育に無関心という人は集まらないはず)においても、うとうと居眠りは当たり前。
うーん、結局そうなるか…。
障害児学級の設置の実現、その基礎づくり、それを終えて転勤しました。
数年後、みわちゃんたちが卒業を迎える時期に、こんな話を聞きました。
「卒業を祝う最後の会だからこそ、わたしたちは、みわちゃん抜きで、みわちゃんのことをいろいろ考えないで、わたしたちの思うようにやりたいんです」
これまで、何かにつけて「みわちゃん、みわちゃん」と声をかけ、まさに「お互いに学び合う」といことの見本のように考えられていた子どもたちの中からの意見だったそうです。
うーん。考え方とかやる気に問題はなかったのでしょうが、無理させすぎたという結果になったのでしょうか。本当に残念でした。