その8  胸痛はお父さんの愛情 =愛情も度を越すと病気を起こす=

             

5才の女の子、Aちゃんが「時々胸が痛くなる」と言う事で診察を受けに来ました。痛みは、ごく短時間しか続かないそうです。それ以外特に症状はありません。

私「胸が痛いの?」

Aちゃん「うん。」

私「恋をしているの?」

Aちゃん「???」(付き添いのお母さんだけが笑っています。)

その後、Aちゃんとお母さんにいろいろな質問をします。運動時によく胸がいたくなるかどうか、息が苦しくなる時があるかどうか、ヒューヒューする息の音がするかどうか、熱があったかどうか、胸が熱くなることがあるかどうか‥などなど。要するにこちらが考えている鑑別診断のどの病気に当てはまるのかを、聞き出しているわけです。それはあたかも、刑事や探偵が犯人を探し出そうとしているのと同じです。ただし、鑑別診断の方は、より可能性を絞り込んでいるので、まったく手がかりがないわけではありません。

子供の胸痛は、喘息など心臓以外の原因が多いのですが、頻度は低くても心臓が原因になる病気をまず考えておかなければいけません。Aちゃんとお母さんの話を伺って、診察をして、私の鑑別診断は、2−3の可能性に絞られます。まず、喘息です。喘息は、咳だけ、あるいは運動時の呼吸苦だけなど、必ずしもヒューヒュー喘息特有の呼吸をしない時があります。あるいは、単に胸が苦しくなるでけのこともあります。子供だけでなく大人でも、呼吸苦で胸が苦しいのか、心臓が痛くて胸が苦しいのかわからないことも多いのです。

まずは、喘息を疑って、ピークフローメーターという簡単な器具で、呼気の1秒率というものを測ります。喘息になると気管支が狭くなって、1秒当たりの呼気の量が落ちるので、1秒間にどれだけの量の空気を吐き出したかを測定することによって、喘息の可能性があるかどうかある程度判断できます。子供の場合、身長によってその「1秒率の期待値」というのを求めます。その期待値の8割以下だと、喘息の可能性が高いことになります。

Aちゃんの場合、ピークフローはごくわずかしか低下していません。これには3つの可能性があります。喘息がない、運動時にしか喘息状態にならない、あるいは診察時に喘息の状態が改善してた場合。後者二者の場合は、普通のピークフローを測定しても、正常のことがあるので、運動負荷を掛けて、ピークフローを測定します。クリニックの内の廊下をAちゃんに何回か走って往復してもらい、疲れたところで、またピークフローを測定しました。値は下がるどころか、増えています。運動時喘息の可能性はかなり少なくなってきました。それでも喘息の可能性はまだ残りますが、Aちゃんの場合、総合的に考えると可能性は少ないようです。

再びAちゃん及びお母さんと話をします。喘息の可能性が少なくなれば、私の鑑別診断の2番目にあるのは、胸壁痛です。子供や若い女性の胸痛の大半が実は胸壁痛で、胸の中の心臓や肺が原因で起こるのではなくて、胸の筋肉、肋軟骨、肋骨などが胸痛の原因になるのです。従って、胸痛の起こる前に、何か運動やスポーツをしたかどうか、胸部を何かでぶつけたかどうか、あるいは不自然な姿勢をしたかどうか、などの質問が重要になってきます。特に、変わった事はなかったようですが、最後にお母さんはこう付け加えました。「関係ないと思うのですが、夫が、Aちゃんとお風呂に入ると、垢すりタオルでごしごしこすりながら洗うのですけど‐‐‐。」 聞くと、垢すりタオルで、胸あたりもゴシゴシと洗っているようなのです。5才の小さな女の子です。お父さんの力で、しかも垢すりタオルでごしごし胸(特に胸骨)を洗うと、Aちゃんの胸壁痛の原因として十分考えられます。

お父さんの愛情と垢すりタオルの摩擦が大きかったためにAちゃんの胸痛は起きたという、「愛情も度を越すと病気を起こす」の一例です。

 

















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